言われるままについていくと、唐突に森が途切れ、開けた場所に出た。
 そこには花が咲いていた。一面の花畑だった。
 夜なのに花は満開で、しかも淡く光っていた。よく見ると、光っているのは綿毛だった。赤、黄色、緑、青、紫……綿毛は様々な色味の光を放ち、風にのってふわりと飛んでいく。辺り一面光が舞い踊り、空気を鮮やかに染め上げていた。
 まるで、物語の1幕のような情景だったよ。
 その幻想風景の中で、お兄さんは、ゆっくりと花を見渡した。
「さっきは悪かった……お前のように魔力を身にまとった人間を見たのは初めてだったから、驚いてあんなことを言ってしまった」
 そして、ぽかんとしていた俺を振り返った。
「俺は、口下手で、すぐにトラブルを起こしてしまう。そして……いつも怒られるんだ」
「そ、そうなんだ……」
「でも、お前のことを悪く思っているわけではない。むしろ、心配している」
「え、心配? 何で」
 又、思いがけない言葉だった。初めて出会ったこの人に、そんなことを言われるなんて思ってもいなかった。
「お前は、俺と似ているからかもしれないな。ほら、顔を上げろ」
 お兄さんは、俺の肩を叩いた。そして、光の花畑をゆっくりと示して見せた。

「見ろ。花はどれもが同じではない。だけど、精一杯咲いている。このひとひらの花のように、お前であるお前はたった1人だ」

「……どういう意味?」
 俺が鼻にしわを寄せて見上げると、お兄さんは小さく笑った。
「さぁ……俺自身も、受け売りだ。でも、覚えておけ」
「………うん……」
 少し腑に落ちなかったけど、俺は素直に頷いた。
 びっくりしすぎて、他に何も言えなかった。
 お兄さんは、来い、と言って花畑の真ん中に入って行った。
 俺も後について花の中に入った。
 色とりどりの綿毛がふわふわ漂って、空へと昇っていく。俺はそれを見ながら、お兄さんが言った言葉の意味を考えていたよ。
 それから、ここはどこなんだろう、とかね。
 今更そんなこと、と思うかい? だけど、びっくりすることが次々に起きて、そんなこと考える暇が無かったんだ。
 その時、森の奥から、誰かを呼ぶ声が聞こえた。
 お兄さんが顔を上げ、闇に向かって「こっちだ」と呼ぶ。すると、くせっ毛の金髪に赤い目の子が、茂みから現れた。
「良かった、ここにいたんだね!」
 俺と同じ位の年の子だったよ。その子はお兄さんを見つけると、嬉しそうに手を振った。
 次に俺を見つけると、その子は驚いたように立ち止まった。だけど、見る見るうちにその顔が輝く。
「こんばんは! わぁ君、髪と目の色が、ボクと一緒だね!」
 その子は満面の笑みで、俺の近くに寄って来た。
「よろしくね」
 その子が手を差し出した。俺も、思わず手を出した。
 ところが。
「だめだ!」
 お兄さんが鋭く叫んだ。
 俺はその時、俺たちの花の灯りが消えていくことに気がついた。
 その子の手に、光が吸い込まれていく。
 俺がその子の手を握った瞬間、世界が歪んだ。
 花や、森や空が、溶けるように闇に消えていった。そして、お兄さんも、目を丸くしたその子も、歪んで闇の向こうに飛んでいった。


 そして―――。




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