気がつくと、俺はなんと、空中を落下していた!

「え、えぇぇぇっ!?」
 思わず絶叫してしまった。
 空は満点の星。大きな青い月は丸く、小さな灰色の月は微笑むような形。
 遠くに蒼い山並み、下は緑の森。森の端には、家々の明かりがキラキラと輝いていた。
 今思えば、とっても綺麗な光景だった。
 でも、その時は冷静に景色を見ている場合じゃなかったんだ!
「あわわわわ、誰か助けてっ!」
 叫んでも、落ちていく速度は全然変わらなかった。
 見る見るうちに近づいてくる森。梢を透かして、仄かな光が見えた。
 人だ! そう思った瞬間、俺は絶叫した。
「逃げて危ないぶつかるというか助けてぇぇっ!!」
 半狂乱の大声に気づいたんだろう、その人が空を見上げた。そして、俺を見つけるなり顔色を変えて、叫んだ。
「ね、≪ネル・ヴィーヴ≫!?」
 突然、風が膨らみ、クッションのように俺とその人を包み込んだ。落下速度が、ゆっくりになった気がした。その時になって、その人の顔が初めて見えた。風になびいた髪が、手にした光の玉を透かして緑色に光っている。
 きれいだった。
 と、その時、そんなことを思っている場合じゃなかったんだ。

 思った途端にね。

「わぁぁっ!?」
「うわっ!!」

 俺はその人と激突したんだよね!


 くらくらする頭を抱えてうずくまっていると、俺の下から小さなうめき声が聞こえた。
「何なんだ、一体……」

 なんと、うずくまる俺と地面の間に、さっきの綺麗な髪の人が挟まっていたんだ!
 つまり、俺はその人を踏み潰していたってことだ。

 顔から血の気が引いていくのが分かったよ。俺は慌てて飛びのいた。
「は……あぁ、ごめんなさい! 怪我、怪我はないですか!?」
 俺は、その人が下敷きになってくれたおかげで、怪我1つしなかった。
「大丈夫だ。問題は無い」
 きれいな金髪を手で払い、起き上がったその人は、とても美人だった。でも、残念ながら男の人だった。服や口調から、推測できたんだよネ。
 こんなにきれいな男の人を、俺はその時生まれて初めて見たからね、とてもびっくりして、嬉しい気分だった。
 でも、何よりもきれいだったのは、切れ長の青緑の瞳だった。その瞳が、俺を凝視して丸くなった。
「あの、もしかしてまだ怒ってらっしゃいますか……」
「―――お前、精霊だな?」
 まったく予想外の台詞だった。
 俺は一瞬、その人が何を言っているのか分からなかった。
「精霊……? 違います、俺は」
「では、その魔力はなんなんだ? 体にまとっているその魔力は?」
「魔力? そんな、俺、魔力なんてほとんど持ってないよ」
 身に覚えの無いことを言われて、俺は困惑していた。思わず口調がきつくなっていった。すると、その人は眉を寄せた。
「大体お前は、ちぇ……いや、知り合いに瓜2つだ。化けているのか? 何の遊びだ?」
 確固とした物言いに、俺は何も言えなくなってしまった。
 何で、こんなことを言われなきゃいけないんだ?
 体の芯が冷えていくのを感じた。
「俺、人間とすら見られないのか?」
 気がついた時には、思いが口からこぼれてしまっていた。
 何で。何で、俺は人と違うんだろう。兄達には兄弟と見られず、この人には人間とも思ってもらえない。
 それは、いつも心の底に閉じ込めていた、黒い負の感情だった。

 俺は、ずっとそんな思いを秘めていたんだと、その時初めて自覚したんだ。

「俺、そんなに人と違うのか?」
 頬を熱いものが伝うのを感じた。
 その人は、俺が泣き出したのを見て、凄く驚いたようだった。
「そういう意味で言ったんじゃない……」
 その人は苦虫を噛み潰したような顔で小さく呟くと、突然、俺の手を握って歩き出した。
「え、な、何だよ!」
「ついてこい、お前に見せたいものがある!」
 その細腕のどこにそんな力があるのか、振りほどこうとしてもびくともしなかった。
 仕方なく、俺はその人に引っ張られて森の奥へと歩いていった。



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