昔々……って言うか、俺が小さい頃の話。
 俺は、兄さん達に言われて、家の地下倉庫に肝試しに行った。
 何でって?
 それは、「王族としての勇気を示せ」って言われたからさ。
 え、どうしてそんなこと、って? ……えーと、それはね、俺が庶子、つまり母さんが王族じゃなかったからだよ。
 あぁ、怒らないで。別に俺は、気にしてないから。

 ……でも、昔の俺は、気にしてたなぁ。兄達の思い通りになるのも悔しいから、表面上は冷静にあしらっていた。けど、腹の中ではいつも、どうやって仕返ししてやろうかと考えていたよ。
 その日は特に、母さんのことを言われて、悔しいやら、腹が立つやらで冷静さを失っていた。
 だからうっかり、肝試しの案に乗ってしまったんだ。




このひとひらの花のように




 その夜は、少し寒かった。
 念のためにと羽織ってきた緋色のマントは暖かかったが、それでも少し肌寒いくらい。
 大広間の裏手から入れる地下への階段は更に寒く、吐く息が白く浮かび上がるほどだった。
「……何で俺は、こんなばかげた遊びに付き合ってしまったんだろう……」
 俺は渋い顔でため息を着いた。
 ため息が白く揺らぎ、手にした魔法の灯りを曇らせた。
 階段を下りる度に、硬い靴音が辺りに響いた。高く響く音がやけに耳についた。それは、俺が緊張していたからかもしれなかったけど。
 唐突に階段は終わり、古い木の扉が現れた。懐に忍ばせた鍵で、大きな錠前を開ける。
 カチリと音を立てて、鍵が開いた。
 この扉の向こうは、地下倉庫だ。俺は小さくのどを鳴らした。
 そこに収められている骨董品を、何でもいいから取ってくるのが、今回の肝試しの趣旨だった。
「仕方が無い、さっさと選んでさっさと帰ろう!」
 そう決心して、俺は勢いよく扉を開けた。
 扉の先は部屋かと思いきや、廊下だった。古びたじゅうたんが、闇の奥に続いていた。そして、廊下の両側にはいくつも扉がついていた。
「広いなぁ」
 地下倉庫は大広間と同じくらいの広さがあると、前もって聞いていた。おそらく、奥にもずっと、扉があるのだろう。そう俺は考えた。
「しかし骨董品って、どれくらい古い物を取ってくれば、よ……」
 中に入って扉を閉めて、上を見上げて俺は硬直した。
 たくさんの人が、俺を見下ろしていた。
 正確には、人の絵、だったけれども。
 どうやらこの廊下は、過去の王族の肖像画を収める部屋を兼ねているらしかった。大小幾つもの肖像画が、所狭しと壁にかけられていた。
 どう考えても気のせいなのだが、それらの人々が一斉に俺を見つめているように感じた。
 突然、俺は寒気を感じてマントの襟をかき寄せた。
「こっ……怖くなんかないぞ」
 一番手前の緑のドレス姿の女の人を睨み返して、俺はぎくしゃくと進んでいった。


 何処まで進んだかはよく覚えていないけど、唐突に前方に光が見えた。
「なんで、こんなところに光が……」
 光が漏れているのは1つの扉からだった。それは入り口の扉よりも、更に古いものだった。錠前はかかっていなかった。
 そっと取っ手に手をかけると、扉は簡単に動いた。
「開く! 無用心だ」
 誰かいるんじゃないか、反射的にそう思った。俺は扉の隙間から灯りを差し入れ、恐る恐る中を覗き込んだ。
 そこは、さして広くない部屋だった。
 部屋の左右にはたくさん棚が並んでいて、たくさんのものが細々と置かれていた。
 扉の正面は何か絵でもかけてあるらしく、赤い布で覆われ、その脇には旗がたてかけてあった。
 光は、その赤い布の手前の床で輝いていた。
 俺は恐る恐る光に近づき、それを拾い上げた。
「何これ……本?」
 その本はぼろぼろで、布作りの装丁も汚くはげていた。本のページの隙間から、光は零れ落ちている。俺は何気なく、本を開いた。何か書いてあるが、ページが破れていたし、文字もかすれて読めやしなかった。
「何で本がこんなに、ひかっ……!」
 俺は息を呑んだ。本を開いた途端、本が眩い光を発したからだ。
 光はどんどんあふれ出し、ついには部屋全体を明るく照らし出すほどに輝きだした。
 次に、ページに光の筋が走った。慌てている俺を他所に、光の筋は何かを描き始める。
「文字……それにこれは…………」
 ギレア文字……古代語だった。『Ylas Rair Fca− Shenxf』と、書かれている。
 そして、その下に浮かび上がったのは、花。今まで見たことも無い、美しい花の姿だった。
「花?」
 俺がそう呟いた時、光が強さを増した。眩しすぎて、目を開けていられないほどだった。
 俺は目を閉じた。
 その一瞬前、俺は舞い散る花びらの幻を垣間見たような気がした。





次へ