旅の空に幸福を


 冬の木枯らしが、容赦なく窓を叩いていく。その音に俺は窓の外を見やり、思わず震えた。
 寒いと思ったら、雪が降っていたのだ。こんな日は寒さが堪える。
 しかし、旅をしていた頃はこんなものではなかったぞ。しかも今日は節分だから明日からは春、気分としては暖か…………いや、でも、寒いものは寒い。
 うぅ、この柊、家の中に刺しておこうかな。でもそれだと節分の意味がない。
 ……そういえば。
 ふと俺は昔を思い出した。旅をしている時もおかしな節分をしたことがあったっけ。
 そう、あれは双子と出会うよりも前、旅に出て初めての冬だった。



 見渡す限りの青い空、見渡す限りの草の海。遮るものがなにもない大草原では、『寒い』を通り越して『痛い』という表現がぴったり。
「寒い寒い寒い!」
 叫びながら俺は街道を逸れ、一面に生い茂ったヒースの茂みに飛び込んだ。葉が落ちて枝ばかりになったヒースでも、少しは風避けになる。
 俺は人心地つき、水を飲もうとカバンから水筒を取り出した。
 その時、小さな何かがぽろりと落ちた。
 それは、手のひらに収まる位の小さな巾着だった。見覚えのないそれにいぶかしく思って紐を解くと、中には豆が入っていた。淡い黄色で少しひしゃげた楕円形、これはアセイアの大豆だ。
「あ、思い出した……」
 その豆は、今朝出発した街でもらったものだった。



 ほんの時々ではあったけど、旅をしている時、道を歩いていて声をかけられることがあった。
「お兄ちゃん、そこの黒髪のレシェルのお兄ちゃん!」
 その時もそんな感じで軽く声をかけられた。声の主は、道端でゴザを敷いて露店を開いていたレシェル人のおっちゃんだった。
 俺と目が合うと、おっちゃんは黄色い歯を見せてにやっと笑った。人懐こい笑顔だった。
「お兄ちゃん、アセイア出身やね?」
「そうですけど……」
 確かにアセイア共和国は俺の出身地。3つの国が集まった共和国だ。俺が頷くと、おっちゃんは顔を輝かせた。
「やっぱねぇ! 同郷さんは見たら分かるで。兄ちゃんユパーナやろ? おっちゃんはチアニや」
 そう言っておっちゃんは着ていた服のびらびらの袖を振って見せた。それこそ、見たら分かるようなチアニの民族衣装だ。
 呆気にとられる俺を尻目に、おっちゃんは饒舌だった。
「いや〜嬉しいなぁ、おっちゃんチアニ出てもう30年そこそこやけどな、こうやって同郷さんに会うんは嬉しいもんやなぁ」
「はぁ……確かにあまり見掛けませんよね」
「やろ? やぁ、ほんま嬉しいな。
 ……そや、そういやもうすぐ節分やな」
 突然何の質問だ、と思いながらも俺は頷いた。おっちゃんは更に質問を重ねた。
「お兄ちゃんのユパーナでも節分てやるんか?」
「やりますけど……」
「ほな、これで豆まきぃ」
 そう言って押し付けられたのが、この例の小さな巾着だった。
 もちろん俺は『貰えません!』と言った。変な商売に巻き込まれたと思ったんだ。でも、おっちゃんはニコニコしたまま首を横に降った。
「いいねん、これは商売違うんや」
「でもこれ、商売道具でしょ!?」
「これはな、ただ嬉しくてたまらん、おっちゃんのワガママや。こんな外国で会うた縁ある同郷さんにな、気持ちよく春を迎えてもらいとぉて上げるんよ!」
 そう言っておっちゃんは子供みたいに頬を上気させて笑ったんだ。


 結局おっちゃんに『お兄ちゃんが持ってかんなら、おっちゃんがそれ置いて去る!』とまで言われたもんだから、仕方なく貰ってきた。
 だけど、節分は家の外に邪を追い出し、家の中に幸福を招き入れる行事。つまりこの豆は家の外と中にまくものだ。
 でも今、俺は旅の途中。『是非まいてや!』なんて言われても、まく場所がない。宿屋でまくことも考えたけど、そんなことしたら他の客の迷惑になるし、宿屋のご主人に怒られるに決まってる。そう考えて、何となくカバンにしまったままにしていた豆だった。
 ……でもなぁ。俺は片肘ついてため息を漏らした。おっちゃんのあの笑顔を思い出したら、この豆をこのままにしておくのも何となく嫌だ。
「何かいい方法……」
 そう呟きかけて、俺は閃いた。
 昔、柚希(ユズキ)姉ちゃんが言っていた言葉。それはすなわち、『世界は全て私たちの家なのよ』!
 そう、答えはすぐ身近に転がっていたんだ!

 俺は勢い良く立ち上がって、空を見上げた。冬の空は澄みわたり、雲が薄くたなびいていた。
 俺はゆっくり息を吸い込み、大声で叫んだ。
「旅の空に、たくさんの幸福が降りますよう!」
 そして、思いきりよく豆を空へ投げ上げた。豆が一瞬だけ太陽を遮り、キラリと光って見えた。
 綺麗だった。





 節分は、もう終わってますが☆
 2月3日の夜にニュースを見ながら、超笑顔で空に豆を投げる片秀を思い付いたもんで、そこから1日強で書き上げたSSです。
 意外と人間何とかなるもんやね(笑)。

 そんなわけで、作者は勝手に満足していますが、読者の皆さんは楽しんでいただけましたでしょうか?
 読んでくださってありがとうございました♪

 2009/2/8 月瀬


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