「ホントにうるさいな」
面倒臭そうに奥から出てきたのは、炎のように鮮やかな緋色の髪の女性だった。20代後半と若い見た目に、はちきれんばかりの胸元を強調した緋色のローブと、顔の右半分を隠した鈍色の仮面だけを見ると、何か怪しい職を営む娘に見える。しかし彼女はアスの師匠で、アカシャと呼ばれる魔女だった。
「トール、依頼されたブツは今、精製中。納期には間に合うから大丈夫だ」
アカシャは紫色の瞳を細くして、自信たっぷりに笑う。すると、トールは心の底から安心したようで、長いため息をついた。
「あぁ、良かったよ。わしが余計なことを言ってしまって、アスちゃんを怒らせてしまったから。じゃあ、引き続き宜しく頼むよ」
「全然。こいつはいつも怒ってるから気にするな」
「…………!」
何度も何度も頭を下げて帰っていくトールを見送って、アスは自分のお師匠様を横目で睨んだ。
「何をさらっと嘘ついているんですか、お師様!
いつ、何処で精製なんてしていたっていうんですか!」
「ばれたか?」
「ばーれーまーすー!」
悪びれた様子もなく舌をだすアカシャに、アスは怒りを募らせる。
アカシャは立派な魔女で、この界隈では右に出る者はいない、と言われるほどの人物。彼女は豊富な知識だけでなく、技術も身につけており、魔法だけでなく調合も、錬金も、医術も全て立派にこなせるのだ。だからアスも安心して魔女の修行ができる。
そして、このお店『灯火』もアカシャのものだった。つまり、客は皆、彼女を頼ってくるのだ。しかし、立派なアカシャにも1つ欠点があった。アカシャは楽しいことが好きで、かなり自分勝手。つまり、中々真面目に仕事をしないのだ。
確かにアカシャは腕の良い魔女で、客は皆、アカシャを信頼している。しかしアスは師匠のサボリ癖が、いつか何かを引き起こすのではないかと、心配で仕方がなかった。
だから、アスは腰に手を当て、自分の頭1つ分も大きいアカシャを睨んだ。
「当たり前です! 今日と言う日はもう二度と来ないんですよ!?」
「納期は5日後だ。今夜から精製をしたら、絶対に間に合う。問題ないだろう?」
「明日、後悔しても遅いんですからね!」
「……じゃあ時を戻して今日をやり直してみるか?」
アカシャは懐から懐中時計を取りだし、にやにやと笑った。それは、金色で太陽の形をした、手のひらに収まるほどの小さな懐中時計だった。
「そ、そんなことができるんですか!?」
その言葉にアスは驚いて目を見開いた。確かに、アスがアカシャの元で修行を始めて3年が経ち、アスはたくさんの知識と技術を教わっていた。しかしアスはこの3年、魔術をほとんど習っておらず、魔術に関しては素人そのもの。アカシャ程の魔女なら、簡単にやってのけそうだと思ったのだ。
しかしアカシャは鼻で笑い、あっという間に懐中時計をしまってしまった。
「……できる訳ないだろう、そんなこと」
「え、えー!?」
「魔術は万能の力ではない。だがな、調合だって錬金だって魔術に近しい力を使う。お前も、もう少し魔術を学びなさい」
目を皿のようにして驚くアスの頭をくしゃりとなで、アカシャは笑った。先ほどの悪どい笑みとは違った、優しく柔らかな微笑みだった。
「……はい……って、魔術はお師様が教えてくれないんじゃないですかー!」
うなだれたアスは、大事な事実に気付いて、もう一度叫んだ。しかしアカシャは動じない。
「そうか? じゃあ気が向いたら教えてやる。笑って許しなさい」
「だめですお師様、魔術よりもお仕事ですよ! はぐらかして逃げるおつもりですね?」
きびすを返そうとするアカシャのローブを、とっさにアスは掴む。するとアカシャは首だけをアスに向け、にやりと笑った。
「ご名答。《カガヤキヤドスモノ》!」
アカシャの呪文と同時に、眩い光がアスの目の前で瞬いた。慌てたアスは、思わず目を閉じた。
そして、次に目を開けた時には、誰もいなかった。夕暮れ独特の赤い光に照らされた店の中には、アスだけが立っていた。
店の扉についている太陽と月のドアベルが、カラコロと涼しげな音を立て、店主がそこを通ったことを告げていた。
「は……逃げられたぁ…………」
カウンターにがっくりと手をついて、アスは悔しそうに呟いた。
その時、街の真ん中にそびえ立つ大時計が、ひとつ、カチンと音を立てて針を進めた。
これが、このところのアスの日常。もちろん、毎日同じという訳ではなかったが、概ね毎日が平和で、活気に満ちていた。
いつかやってみたいと思っていた魔女っ子ものです♪
(株)ガスト様のアトリエシリーズに、多大な影響を受けていることは否定できないですが。(ぇ)
楽しんでいただけたら幸いです!
2009/04/26 月瀬結良
これは、いわゆる100のお題というやつです。『ファンタジーな100のお題』様からお借りしました。
ありがとうございます♪